One Of the The Real Purpose of the Trump Administration’s Freeze On Harvard University Grants?
米国で「クリムゾン(深紅)」と言えば、ハーバード大学を指します。深みのある豊かさ、暖かさ、鮮やかさを醸し出しつつも、大胆さと奥行きで際立つ独特の色合いがスクールカラーに指定されているためで、ハーバードの伝統を物語っていると言えるでしょう。そのハーバード大学は赤字に転落せずとも、トランプ政権の補助金凍結により、大学の運営費、医学や科学、テクノロジーなどの分野の研究費が逼迫するリスク直面しています。ブルームバーグが「生命線」と呼ぶように、ハーバード大学は地域の病院など医療システムにつながるネットワークの中心のひとつであり、地域経済も押し下げかねません。
そもそも、なぜトランプ氏はハーバード大学への補助金凍結に踏み切ったのでしょうか?事の始まりは、4月11日に遡ります。トランプ政権はその日、同大学に宛てた書簡で、①DEI(多様性・包摂性・公平性)プログラムの廃止、②海外からの留学生に対するスクリーニング、③採用や入学における「視点の多様性」の確保、④入学および採用プロセスの監査と透明性確保、⑤ガバナンスと運営指導部における改革、⑥親パレスチナ団体活動の承認取り消し――などを要請しました。2024年に、イスラエルによるガザ攻撃に対する抗議活動がハーバードのようなアイビーリーグと呼ばれる名門校で拡大したのは、反ユダヤ主義を放置したことと問題視したためで、②を中心にテロ防止や反ユダヤ主義の活動を阻止する狙いがあります。
画像:ハーバード・ビジネススクールでのイスラエル元首相演説に対する抗議活動
ハーバード大学のアラン・ガーバー学長は4月14日、トランプ政権の要請に屈しないとの声明を発表しました。声明では、トランプ政権の要請が「法的権限を超え、大学の自治や憲法上の権利を侵害する」と強く批判するとともに、アメリカ合衆国憲法修正第1条(言論の自由)や大学の独立性を守る必要性を強調したのです。トランプ政権はその数時間後、即座に報復措置としてハーバード大学への補助金22億ドルと、6,000万ドル相当の契約、合計で約22.6億ドルを凍結する決定を下しました。
ハーバード大学は4月22日、反撃に打って出ます。トランプ政権を相手取り、補助金凍結を不当として、マサチューセッツ連邦地方裁判所に提訴しました。ハーバード大学は、主に以下の3つ、①補助金凍結は「恣意的かつ軽率」であり、合理的な根拠がない、②トランプ政権は反ユダヤ主義の懸念と凍結された研究との間に合理的なつながりを明確化していない、③凍結はアメリカ合衆国憲法修正第1条や民権法第6条(連邦補助金を受ける事業や機関において、人種、皮膚の色、または出身国に基づく差別を禁止する規定)に違反する――と主張しています。
両者の対立は激しさを増し、トランプ大統領は5月22日にハーバード大学に留学生の受け入れ資格の停止を発表、5月26日にハーバード大への助成金30億ドル打ち切り、職業訓練学校への振り分けを検討とトゥルース・ソーシャルに投稿しました。ハーバード大学は5月23日、留学生のトランプ政権を相手取って提訴、ホストン連邦地裁は、ハーバード大の資格を剥奪する政権の措置を一時差し止めする判断を下しています。
トランプ政権の行動は大学の運営に干渉するだけでなく、補助金凍結を通じ学術の自由や研究の継続性を危険に晒し、人権侵害にも匹敵する措置との批判を浴びています。ハーバード大学卒業生のオバマ元大統領は、「学術の自由を抑圧する違法な試み」と非難、ハーバード大学の姿勢を称賛、多くのリベラル寄りのアメリカ人も同調しています。
一方で、保守系のアメリカ人はトランプ政権の行動を支持。ハーバード共和党クラブも、「イデオロギー的支配を逆転させるという連邦政府の要求に従うことを拒否した」と批判しました。一般的な保守派も、ハーバード大学を「リベラルなエリート主義」の象徴とみなし、反ユダヤ主義や左派偏向を是正するとして、トランプ政権の決定を正当化しています。また、保守派は、米連邦政府資金は納税者のものであり、大学は政府の条件に従うべきとも主張。もともと、ハーバード大学は約530億ドルもの基金を有する名門大学で富裕層も多く、この機会に補助金の必要性に懐疑的な見方を寄せた保守派も少なくありません。
保守派がトランプ政権を支持する理由の中に、「反ユダヤ主義」の是正がありましたが、人権を尊重していないように見えますよね。実は、別の要因も潜みます。XなどSNSを中心に、反ユダヤ主義者、すなわちパレスチナ支持者として抗議活動を組織するカリフォルニア州立大学ロサンゼルス校の学生に、中国系の学生が混じっていたとして、話題になりました。これを受けて、保守派は一連の抗議活動につき、中国人学生による扇動が一端を担ったと捉えたのです。2024年9月、ニューヨーク州のホークル知事の下、DEI関連の側近を務めた中国出身の女性が中国政府の「代理人」としてスパイ活動に従事していたとして逮捕されていただけに、中国人学生の存在に神経質となっていたと考えられます。何しろ、ハーバード大学の留学生の2割は中国人とされ、共産党幹部を始めとした有力者の子供がひしめくとも取り沙汰される始末です。
保守派だけが大学に批判的だったかというと、そうではなく、そもそも米国内で高等教育に対する疑問が浮上していました。2024年7月にギャラップが発表した世論調査結果では、高等教育について「ほぼ信用せず、全く信用していない」と回答する割合は32%と、少なくとも2015年以降で最高でした。逆に「大いに、かなり信用している」との回答は36%と、2015年の57%から大幅低下し、過去9年間で最低を更新。特に共和党支持者の間で「ほぼ信用せず、全く信用していない」が50%と急伸したほか、無党派層の31%とそろって2015年以降で最高を記録していたのです。民主党支持者でも12%と、9年ぶりの高水準でした。信用を失った理由のトップは「政治的優先課題」が挙げられ、そのうち「プロパガンダ」が25%、「リベラル過ぎる」が17%を占めました。続いて、「正しいことを教えていない」が37%にのぼり、そのうち「適切な能力が教えられていない」が30%にのぼっています。
画像:高等教育への信用は低下傾向
この数字を見て筆者が思い出したのが、米国で2020年に出版された『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』です(ご参考:米国の少女たちは本当に性を変えたいと思っているのか)。同書は、特に2012年以降、少女たちの間で「性的」トランスジェンダーを望む少女が増えたと指摘。様々な要因を詳述しつつ、トランスジェンダーについての教育の進展もあり、とあるアイビーリーグの大学では、18歳以上で「インフォームド・コンセント可能」と証明できれば、男性ホルモンであるテストステロンを投与できると報告していました。親にしてみれば、実家を離れアイビーリーグに入学した後の娘の変化は寝耳に水、大学の姿勢を理解することに時間が掛かったとしてもおかしくありません。
ホワイトハウスのwebサイトに掲げられているトランプ政権の優先課題は4つ、①米国を再び安全に、②米国をエネルギー支配国とし、生活費を引き下げ、③既得権益の一掃、④米国の価値観の回復――で構成されています。このうち、③と④は、今になってみれば左傾化した大学の是正を含んでいたようです。
(カバー写真:Bernd Dittrich/Unsplash)
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