8010570508_8d660bfb0f_z

ベージュブック:見通しに楽観的も、貿易への“不確実性”残る

by • June 1, 2018 • Finance, Latest NewsComments Off2969

Outlook Still Optimistic, But Concerns Over Trade Policy Remain.

米連邦準備制度理事会(FRB)が5月30日に公表したベージュブック(4月後半から5月半ばまでカバー)によると、米経済の拡大ペースは「緩やか(moderately)」とし、前回まで続いた「緩慢からゆるやか(modest to moderate)」から上方修正した。労働市場は、逼迫する状況に変わらず。物価の上昇は、「緩慢(modest)」から「ゆるやか(moderate)」に引き上げられた。鉄鋼・アルミ関税発動を受け素材価格が上昇し、販売価格の値上げを促すなど、物価に上昇圧力が高まり始めた様子を示す。前回に続き、トランプ政権の保護主義的な政策を受け国際間の通商政策への「不確実性」が指摘されたが、短期的な見通しは「上向き」で締め括られた。6月12~13日開催の米連邦公開市場委員会(FOMC)では利上げの公算が大きい半面、年内あと2回の利上げを示唆するかは微妙な情勢と言えよう。クリーブランド地区連銀がまとめた今回の詳細は、以下の通り。各地区連銀の名称で表記している。

<経済全般のセクション>

(今回)
・経済活動は4月後半から5月初めにかけ「緩やかに拡大(expanded moderately)」し、成長パターンのシフトは概して確認されなかった。ダラスのみ例外で、全体的な経済活動は「堅調なペースで加速した(sped to solid pace)」。
・「複数(some)」の回答者から外の通商政策に対し不確実性への懸念が聞かれたものの、短期的な見通しは概して「上向き(upbeat)」だった。

(前回)
経済活動は、3月から4月初めにかけ12地区連銀で「緩慢からゆるやか(modest to moderate)」なペースで拡大した。見通しはポジティブだったが、製造業や農業、輸送を含む多くの企業の回答者は、新たに賦課された、あるいは賦課が検討される関税への懸念を表明した。

<個人消費>

(今回)
対照的に、個人消費は「軟調(soft)」だった。非自動車の売上は「いく分、ゆるやか(somewhat moderate)」となり、自動車の販売は「横ばい(flat)」だったが、地区連銀と自動車によって大きな違いを確認している。

(前回)
個人消費は、ほとんどの地区連銀で「拡大し(rose)」、自動車を除く小売売上高や観光で「増加(gains)」がみられたが、自動車販売台数は「まちまち(mixed)」だった。

<製造業、非製造業の活動>

(今回)
製造業は「加速に転じ(shifted into higher gear)」、半分以上の地区連銀が産業活動の「回復(pickup)」を報告、3分の1の地区連銀が「力強い(strong)」と評価した。組み立て金属、重機、電子機器で特に力強さがみられた。財の生産拡大を受け、輸送企業の配送料が増加した。

(前回)
製造業活動は「ゆるやかに拡大(grew moderately)」し、非金融サービスは概して「堅調(solid)」だった。地区連銀の半数以上が、輸送サービス活動の拡大を報告、港湾と航空、鉄道とトラックでの配送量の増加を確認した。

<不動産市場>

(今回)
住宅の建設と販売の動向は「緩慢に拡大し(modestly increased)」、非住宅の建設活動も「ゆるやかなペース(at moderate pace)」で広がった。

(前回)
住宅の建設並びに不動産活動は「一段と拡大した(expanded further)」が、住宅在庫が低水準にあり、「一部(several)」の地区連銀では売上の伸び悩みがみられた。商業の建設並びに不動産活動は、前回のレポートから「改善した(improved)」。

<貸出需要>

(今回)
銀行では、融資需要が「若干上昇(ticked higher)」し、また銀行は競争の高まりを受けて預金金利を引き上げた。債務の未払い率はほぼ「低水準で安定している(stable at low levels)」。

(前回)
貸出需要は高まった。

<農業、エネルギー>

(今回)
総括で表記なし。

(前回)
農業の状況は干ばつの影響で、全般的に「ほぼ変わらず、あるいは悪化した(little changed or worsened)」。エネルギーのセクターでは、石炭生産が「横ばい(flat)」で天然ガスの生産が「わずかに減少した(dipped slightly)」リッチモンド以外、活動に回復が見られた。

<雇用と賃金>

(今回)
雇用は、全地区連銀の間で「緩慢からゆるやかに(modest to moderate)」拡大した。ここでもダラスは例外で、雇用は「広範囲にわたって堅調(solid and widespread)」に拡大していた。労働市場は全米で「逼迫(tight)」した状態で、回答者はあらゆる技能水準で人材確保が困難と伝えていた。特殊技能職の人材不足はあらゆる職にわたり、トラック運転手から営業担当者、大工、電気技術士、塗装工、情報テクノロジーなどで確認されている。多くの企業は、人材確保に向け賃金引き上げや報酬プランの拡充で対応したという。とはいえ、賃金上昇率はほとんどの地区連銀で「緩慢であり続けた(remained modest)」。

(前回)
広範囲にわたる雇用拡大が続き、ほとんどの地区連銀は労働市場が「緩慢からゆるやか(modest to moderate)」なペースで拡大を報告したが、労働市場は「逼迫したまま(remained tight)」で、「複数(some)」の地区連銀で雇用の伸びが抑制されたという。企業はあらゆる産業、技術水準にわたって引き続き適切な人材確保で困難に直面していると報告。労働不足はエンジニアリング、IT、ヘルスケアの他、建設、輸送など特殊技能職で頻繁に聞かれた。企業は人材不足に対し、賃上げや残業時間を活用した職業訓練の拡大、自動化などで対応しているという。賃上げ圧力が残るものの、「全体的に加速せず(generally did not escalate)」、ほとんどの地区連銀での賃金の伸びは「緩慢(modest)」だった。

<物価>

(今回)
物価はほとんどの地区連銀で「ゆるやかに(moderately)」上昇し、その他は「わずかに、あるいは緩慢な上昇(slight and modest increases)」にとどまった。しかし鉄鋼、アルミ、石油、石油派生商品、木材、セメントなど、一部の素材価格で上昇が指摘された。数地区連銀は、こうした素材価格の上昇が回答者の間で広く波及しつつあると報告した。複数のセクターでの労働不足や需要の強まりと共に、仕入れ価格の上昇は輸送をはじめ建設、製造業のセクターに値上げ圧力を加えている。複数の地区連銀によれば、小売業者は以前より仕入れ価格の値上がりを販売価格に反映しやすくなったと報告していた。

(前回)
物価は地区連銀全体で「ゆるやかに(moderately)」上昇した。新たな関税賦課の影響で、鉄鋼価格は幅広く値上がりが報告され、時に「劇的な上昇(dramatically)」がみられた。また素材価格が「勢いよく上昇し続け(continued to rise briskly)」、特に木材、乾式壁、コンクリートで顕著だった。輸送費用は「概して上昇(generally rose)」、燃料価格やトラック運転手不足が主な理由に挙げられている。製造業、IT、輸送、建設で、消費者への価格転嫁に成功したとの報告が「パラパラ(scattered)」と聞かれた。企業は全般的に、鉄鋼や建築材を中心に数ヵ月以内の「さらなる値上げ(further price increases)」を見込む。

それぞれの地区連銀が経済活動全般を表現するために使った形容詞、比較チャート。

beigegbook2
(作成:My Big Apple NY)

<地区連銀別、経済活動の形容詞>

●「緩慢」と表現した地区連銀、3行<前回は4行
NY(前回は“緩慢”→今回据え置き)
フィラデルフィア(前回は“緩慢”→今回据え置き)
アトランタ(前回は“緩慢”→今回据え置き)
●「ゆるやか」と表現した地区連銀、7行<前回は8行
ボストン(前回は“緩慢”→今回据え置き)
クリーブランド(前回”ゆるやか“→今回据え置き)
リッチモンド(前回は“ゆるやか”→今回据え置き)
シカゴ(前回は“ゆるやか”→今回据え置き)
ミネアポリス(前回は“ゆるやか”→今回据え置き)
カンザスシティ(前回は“ゆるやか”→今回据え置き)
サンフランシスコ(前回は”ゆるやか“→今回据え置き)

●それ以外、2地区連銀>前回はゼロ
セントルイス(前回は“緩慢”→今回は“わずかに改善”へ上方修正)
ダラス(前回は“ゆるやか”→今回は“堅調なペース”)

beigebook1
(作成:My Big Apple NY)

<全体のキーワード評価>

総括並びに地区連銀のサマリーでみたキーワードの登場回数は、以下の通り。「不確実性」の文言は、今回3回登場し、前回の1回から増えた。前回は鉄鋼・アルミ関税賦課と通商政策への不確実性が明記されたところ、今回は1)国際間の通商政策、2)通商政策によるサプライチェーンの混乱、3)通商政策と金利上昇――の3点が指摘された。「不確実性」の文言は、これまで2017年の5回(5月、7月、9月、10月、11月)と、2018年1月、3月の2回、合計7回連続でゼロだった。なお「不確実性」の登場回数は米大統領選挙前の2016年10月分に7回、2016年11月分は3回、2017年1月分は7回、2017年3月分は3回だった。

「増加した(increase)」→20回<前回は12回
「強い(strong)」(注:強いドルの表現を除く)→3 回=前回は3回
「ゆるやか(moderate)」→18 回>前回は17回
「緩慢、控え目など(modest)」→14回=前回は14回
「弱い(weak)」→2回>前回は1回
「底堅い(solid)」→6回>前回は5回
「安定的(stable)」→1回=前回は1回
「不確実性(uncertain)」→3回>前回は1回

地区連銀の詳細報告での「不確実性」登場回数は前回の7 回から10回に増加した。今回は前回はNY、リッチモンド、カンザスシティ、ダラス、サンフランシスコが指摘した。

・ボストン 1回>前回はゼロ
→オフィスの建設(投機的計画を含め)は増加見通しだが、計画段階とあって増加の規模は“不確実”と明記。

・クリーブランド 3回>今回はゼロ
→中国輸入品への関税をめぐる“不確実性”が小売業者の懸念材料。
→需要の高まりと将来の価格への“不確実性”を受け製造業の在庫水準が低下。
→非住宅建設業者は、“不確実性”の低下とペント・アップ需要により、建設活動が支えられ未処理分が増加。

・アトランタ 1回>前回はゼロ
→輸送業者は、通商政策の“不透明性”が現在進行中の設備投資に負の影響を与えていないと報告したが、多くは計画中の投資を小休止させた。

・シカゴ 1回>前回はゼロ
→製造業者は、通商政策に更なる変化が生じるか“不確実性”があると指摘。

・ミネアポリス 1回>前回はゼロ
→サービス業者は、通商政策における“不確実性”により国際間のサプライチェーンと輸出入銀行業務が大いに混乱したと報告。

・ダラス 3回=前回は3回
→経済全般として、見通しは概して楽観的だが、関税と貿易関連に広がる懸念が“不確実性”を生んだ。
→一部の製造業業者は、新たな関税(鉄鋼・アルミ関税)が見通しに“不確実性”を与えた。
→非金融ビジネスでの見通しは全般的に改善したものの、通商政策と金利上昇をめぐる“不確実性”が企業側の予想負の影響を及ぼした。

<ドル高をめぐる表記>

ドル高をめぐるネガティブな表記は2017年5月分、7月、9月、10月、11分、2018年1月分に続き総括ではゼロだった。地区連銀別でも、前回に続きゼロとなる。2017年9月、10月、11月、2018年3月に続きゼロだった。なお2017年5月分(クリーブランド)、7月分の1行(クリーブランド)、2018年1月分(サンフランシスコ)はそれぞれ1行が報告していた。

<中国>

中国というキーワードが登場した回数は、総括部分で2017年10月、11月、2018年1月、3月、4月に続きゼロだった。地区連銀別では、3回登場し前回の4回から減少。今回はボストンが2回連続で入ったほか、クリーブランドとフィラデルフィアが新たに登場し、シカゴが脱落した。なお2017年10月と11月はゼロで、中国の言葉が登場した回数につき過去を振り返ると、2017年4月分まで6回連続でゼロとなった後、同年5月分で2回登場(ボストンとミネアポリスがそれぞれ1回ずつ指摘)していた。2015年9月に初めて中国が盛り込まれた当時は11回で、その後は徐々に減少。1年経過した2016年9月分でゼロへ戻し、2017年4月までその流れを続けていた。

・ボストン 1回<前回は3回
→製造業者からの懸念として鉄鋼・アルミ関税発動のコストが挙がったほか、ある業者からは中国からの報復措置を回避するため生産拠点を欧州へ移転する試験を実施したとの報告を確認した。

・クリーブランド 1回>前回はゼロ
→中国輸入品への関税をめぐる“不確実性”が小売業者の懸念材料。

・セントルイス 1回>前回はゼロ
→米国産大豆に対する中国の関税賦課が輸出に打撃を与える見通しを示すも、現時点で可能性は低い。

――今回のベージュブックで「関税(tariff)」は22回(<前回は36回)、「懸念(concern, worry)」も27回(>前回は22回)使用されました。鉄鋼・アルミ関税発動でのサプライチェーンの混乱は一部にとどまっているもようですが、物価上昇圧力など既に影響が表面化していることも事実。トランプ政権が対中知財制裁関税に踏み切れば、今は「上向き」な見通しが下振れしかねません。既に小売、農業、化学など業界団体から一段の関税賦課に反発が表明されるものの、中間選挙に向け自身の支持基盤を固めたいトランプ政権には引き続き“不確実性”がついてまわります。

一方で、金利上昇への警戒はわずかにとどまり警戒論は台頭せず。足元の金融環境が依然として緩和的と捉えられ、利上げ過程にあるFedには安心材料を与えたことでしょう。

(カバー写真:cmh2315fl/Flickr)

Comments

comments

Pin It

Related Posts

Comments are closed.